当院は平成19年に「こうのとりのゆりかご」を開設し、以後6年間に渡って、育てることができない赤ちゃんをお預かりしてきました。これは赤ちゃんの命と健康の確保を最優先に考え、現状で最も良いと判断した方法でした。
6年間で92人のお子さんが預けられ、「こうのとりのゆりかご」がなければ生命に危険が及んでいたのではないかと思われるケースも少なからず経験しました。
その意味では「こうのとりのゆりかご」の必要性を変わらず認識しています。
しかしながら、「こうのとりのゆりかご」開設後も赤ちゃんの遺棄・殺人が後を絶ちません。
「その赤ちゃんを捨てる前に、殺す前に、どうして相談してくれなかったのか?」
「相談できなくても、せめて『ゆりかご』に預けてくれれば‥」
赤ちゃんの遺棄・殺人が報道される度にそのような思いを強くします。
一方で、「こうのとりのゆりかご」はその存在自体が時間の経過とともに忘れられるようになりました。
この傾向は特に小学生、中学生、高校生に顕著です。高校生でも6年前は小学生だったわけですから無理も
ありません。しかし近い将来妊娠・出産に関わる可能性のある人たちにこそ「こうのとりのゆりかご」を知っていただきたいのです。
困った時には電話で相談できます。
どうしようもないときには預けていただくことも可能です。
「こうのとりのゆりかご」は、特に赤ちゃんの殺人という最悪の事態を避けるための最終手段です。今回のドラマを通じて「こうのとりのゆりかご」の存在を知っていただき、もしも赤ちゃんの健康や生命に関わる事態になった時は赤ちゃんをお預けください。
ドラマを通じて皆様にお伝えしたいことがもう一つあります。
「こうのとりのゆりかご」に赤ちゃんを預けるお母さん方は様々な事情を抱えています。
本来なら実親さんが赤ちゃんを育てるべきですが、それができない理由、人生観、価値観があります。それに共感や同情をする人もいれば批判する人もいます。しかし良い悪いではなく、現実にそのような事情で赤ちゃんが預けられていることを知っていただきたいのです。
預けられた赤ちゃんの将来も様々です。乳児院を経て養子や里子として迎えられる子もいれば、養護施設で過ごす子もいます。「こうのとりのゆりかご」に預けるのを思いとどまり、電話相談で特別養子縁組に赤ちゃんを託すケースもありました。その赤ちゃん達が今では元気な子どもに成長しています。
このような現実を広く社会に知っていただき、赤ちゃんのためにこれからどうすべきかを一緒に考えていただければと思います。
なお、放送にあたりましてはTBSテレビのご発案で、フィクションを前提としたドラマとしていただきました。
「こうのとりのゆりかご」の詳細については、赤ちゃんを始め実親さん、養親さんのプライバシー保護の観点から公表できないことがあります。しかし、「こうのとりのゆりかご」の実態を少しでもお知らせすることは私たちの責務とも考えます。
ノンフィクションやドキュメンタリーの番組で取り上げていただくのが困難な状況の中で、フィクションのドラマという形で放送なさることをご提案いただきました。
私たちもそのご趣旨に賛同し可能な限りご協力いたしました。
ドラマに出てくるシーンは、それによって個人が特定できないようにご配慮いただいています。ドラマの中で行われるやり取りは、それに似たケースを経験してきましたが、全く同じ展開ではありません。ドラマで登場する人物の言動と当院職員のそれも異なります。
(例えば、預けられたお母さんを追いかける行為を行っておりません)
限られた状況の中で実情をどうお伝えすべきか、テレビ局も病院も考えた末の方針です。
このような事情をご理解いただければ幸いです。
「こうのとりのゆりかご」が抱える問題は少なくありません。
このことを含め赤ちゃんの遺棄・殺人について今一度皆様にお考えいただきたいのです。
今回の放送がそのきっかけになればと願っています。
医療法人聖粒会 慈恵病院
理事長・院長 蓮田 太二