陣痛の痛みが軽くなります。これは無痛分娩の最大のメリットといえるでしょう。「手指を切断するほどの痛み」とも表現される陣痛の痛みを軽減することによって、産婦さんが落ち着いて分娩に臨めるため、さまざまな副次的メリットも生まれます。
眠る麻酔ではありませんし、上半身には麻酔がかかっていませんので、生まれた赤ちゃんを見届けて、すぐに抱っこをすることができます。
外陰部や腟の縫合時に痛みがありません。
特にお産の傷が大きくなったときに助かります。自然分娩では局部に直接、麻酔薬を注入しますが、傷が大きくなると効果が不十分になることがあります。
硬膜外麻酔では、下半身の広い範囲に麻酔が効きますから、大きな傷を長時間かけて縫合しても痛みのストレスがありません。
分娩中に赤ちゃんの状態が悪化して緊急帝王切開を行わなければならないときに、速やかに手術に取りかかれます。無痛分娩中は弱い麻酔状態にありますから、多めの麻酔薬を追加すれば、約10分で手術を開始することができます。
自然分娩の産婦さんなら、早くても20分はかかるところです。赤ちゃんが仮死状態に陥っているかもれないときに、10分の差は重要です。
この備えができているという意味では、むしろ無痛分娩の方が安心できる分娩体制といえるでしょう。
分娩後の回復が早い傾向にあります。
ただし、麻酔の影響で陣痛が弱くなって分娩がなかなか進まなければ、時間がかかってしまい疲労が溜まります。このような場合は必ずしも回復が早くなるとはいえません。
「お産の回復が早いから無痛分娩を希望したい」とおっしゃる妊婦さんがいらっしゃいますが、無痛分娩の主な効果は「陣痛の痛みのストレスを軽くする」ことで、分娩後の回復の早さは必ずしも期待できないことをご理解ください。
無痛分娩は良い分娩法ですが、残念ながらデメリットがまったくないとは言い切れません。そこで、硬膜外麻酔を用いた無痛分娩で発生する合併症、トラブルを以下に挙げました。
実際の無痛分娩で主に問題となるのは、「微弱陣痛によって分娩の進行に時間がかかること」です。
その他は母児に深刻な影響を及ぼさない、もしくは発生頻度が低いものですので、安心して無痛分娩をお選びください。
安全性についてはこちら
微弱陣痛による分娩遷延
麻酔薬の影響で陣痛が弱くなり、分娩の進行が遅れることがあります。
これに対して陣痛促進剤を使用しなければならなくなったり、吸引娩出術(赤ちゃんの頭にカップを装着して引っ張る)が必要になったりすることがあります。
発 熱
無痛分娩を開始して時間が経過(特に6時間以上)すると、38℃以上の熱が出ることがあります。
この現象は直接赤ちゃんに悪影響を与えるものではありませんが、熱を下げるために解熱剤を使用したり点滴を追加したりすることがあります。
片側効き、まだら効き、効果不十分
麻酔薬が入っているのに、どうしても一定の部分の痛みだけ軽くならないことがあります。
その際には麻酔チューブを少し引き抜いて調整しますが、それでもなお効果が不十分の時には、麻酔チューブの入れ直しが必要になることがあります。
腰痛、背部痛
多くの場合は麻酔の針を刺した事による影響で、時間の経過とともに良くなります。
ただ(極めてまれな現象ですが)足がしびれたり、足に力が入りにくくなったりする症状を伴うときには職員にお知らせください。
血圧低下
軽く血圧が下がることは時々ありますが、硬膜外麻酔において母体や赤ちゃんに悪影響を及ぼすことはまれです。
頭 痛
麻酔の針で硬膜が傷つくことによるものです。大半のケースでは1~2週間で自然に良くなります。
発生頻度は1~2%といわれていますが、当院の無痛分娩で強い頭痛が発生したケースは非常に少なく、2013~2019年における3,500例以上の無痛分娩症例の中では4例に留まっています。
神経障害
分娩後に、足のしびれや感覚麻痺が残ることがあります。
その原因のほとんどは分娩中の特殊な姿勢や、赤ちゃんの頭による神経圧迫です。麻酔が原因となることは極めてまれです。
これらの症状は通常、数週間から数ヶ月で自然に良くなります。
排尿障害
分娩後に尿が出にくくなったり、まったく出なくなったりすることがあります。
これは分娩中に赤ちゃんの頭が母体の膀胱関連神経を圧迫したことによるものです。
無痛分娩で分娩の進行が遅くなり、神経が圧迫される時間が長くなると排尿障害の発生率が上がりますので、速やかな分娩が望まれます。この点からも過度な麻酔薬使用とそれに伴う分娩の遅れは避けるべきとされています。
排尿障害の際には、数日間から1週間膀胱に管を入れて膀胱を休めます。
感 染
麻酔チューブの入っている経路を通じて神経に菌が感染することがあるといわれていますが、発生率は0.0002~0.0015%です。
血 腫
麻酔チューブの入っている場所付近に血液の塊ができると、これが神経を圧迫して麻痺などの症状が出る場合があります。
無痛分娩の麻酔で発生することは極めてまれで、0.0002~0.0005%といわれています。
局所麻酔薬中毒
無痛分娩で麻酔チューブを挿入すべき「硬膜外腔」と呼ばれるスペースには、血管も多く存在しています。
麻酔チューブが誤ってこれらの血管内に入ってしまうことがあります。血管内にチューブが入り込んでしまう現象は2.8~10%に発生するといわれていますが、このときに少量の麻酔薬が血管の中に入っても、大きな問題にはなりません。
しかし麻酔チューブが血管の中に入っているのに気付かずに大量の麻酔薬を注入すれば、けいれんや呼吸停止など重大な副作用が起きることがあります。
けいれんが発生する頻度は0.01~0.02%と低いのですが、深刻な副作用ですから極力防止しなければいけません。
当院では早期発見のために麻酔薬に少量のアドレナリンを含ませています。アドレナリンには心拍数を増加させる作用があります。もしもチューブが血管内に入っていれば、麻酔薬を注入後の数十秒で心拍数が上昇します。この対策により、これまで麻酔薬中毒が発生した無痛分娩ケースはありません。
また、もしも麻酔薬中毒が発生したときには、適切な蘇生や薬剤の投与を行うことで回復が期待できます。
当院の分娩室では、それに対応できる物品の準備を整えています。
全脊椎麻酔
無痛分娩の麻酔チューブが入るべきスペースは、硬膜外腔と呼ばれるところです。しかし誤って麻酔チューブが硬膜外腔の奥にある「くも膜下腔」と呼ばれる部分に入ってしまうことがあります。
くも膜下腔では少量の麻酔薬でも強い麻酔効果が出ます。麻酔チューブがくも膜下腔にあるのに気付かずに、麻酔薬を硬膜外腔注入(ここに入れるときの量は多めになります)と同レベルの量で入れてしまうと、麻酔が効き過ぎて上半身にまで及び、呼吸困難になることがあります。ただ、その発生頻度は低く、0.02~0.04%です。
当院ではこれを予防するために、麻酔チューブ挿入時に数回に渡って麻酔レベルの確認を行っています。その結果、呼吸困難に至るレベルの麻酔上昇はこれまで発生していません。また、もしも麻酔レベルの上昇が発生したとしても、呼吸補助を行えば約1時間で麻酔は切れてきますので、呼吸困難は回復します。当院ではこのような事態にも適切に対応できるように、呼吸補助などの態勢を整えています。